「男尊女卑」は、なぜ無くならないのか?

「男尊女卑」は、なぜ無くならないのか?修正版


 
↑女性陣の総攻撃を受ける猫さん 
 
他人の本の引用ばかりすると言われますが、
共感するところがあるので引用させてもらいます。
古い本ですが、宮城音弥という心理学の大家の「天才」という著作で、
なぜ女性に天才が少ないか?を説明するくだりがあります。
 
新しいものへの冒険的精神は、一般的に女性には与えられていない。確かに新しい思想を持ち、新しい運動に参加する女性は少なくないが、新しいとはいえ、それはすでに生まれている思想であり運動である。既に存在するものを我が物にするのと、新しい思想を生み出し新しい運動を始めるのとは同じではない。安全性を犠牲にし、他人への同調を捨てるところに天才は出現するからである。(「天才」宮崎音弥著 岩波新書
 
この文章の前後に天才に関する洞察や、
おそらくこの引用を読んで
皆さんが感じるであろう反論に対する見解もあるのですが、
たくさんタイピングするのが面倒くさいので、
コメントで反論される方があれば、
それにこたえる形でこの人の考え方を説明いたします。
 

↑他人への同調を捨てる六ちゃん(映画「どですかでん」より)
 
私が思うのは、不況にあえぐ閉塞状態の今の日本に必要なのは、
海外の思想や文化を訳知り顔に紹介する文化人ではなくて、
安全性を犠牲にして新しい会社を創設する
日本版ビル・ゲイツポンちゃんではないのでしょうか
もちろん、それにはリスクが伴います。
専業主婦になりたがる一部の女性に、天才を期待するのは当然無理な話です。

天才、天才というと反感を感じられる方もいると思いますが、
天才がいなければ文明は進歩しません。
そして、教育ママの期待に反して、
「天才は教育によって作られない。」(カント)のであります。
 
※追記:ほとんどの男性は皆様ご指摘の通り、「つまらない存在」です。
99%の男性はおそらくそうでしょう。
しかし、「創造的少数者」というものが存在するんです。
そして、そのほとんどは男性です。
 
 
たくさんのコメント、ありがとうございました。
こういう問題に、皆様が関心を持たれているのがよくわかりました。
私の主張することと、意見を異にされる方も多いようですが、
意見が違うからこそ、討論の意義があります。
口喧嘩にならなくて、よかったと思います。
「天才論」など、どうでもいい問題で、
私の関心のあるのは、やはり日本における「男」と「女」の在り方です。
これについては、また書いていきたいと思いますので、
お暇な方は、またお付き合いをしてください。