起業を妨げるメンタリティ

起業を妨げるメンタリティ




最近、私のブログにコメントしてくれる人が少なくなって、特に人間の心理の根本にあるだろう「嫉妬」について書くと、ほとんど反応がない。
私は今は実生活が充実しているので、別にブログがどうだろうとあんまりどうでもいいのですが、やはり、多くの識者が指摘しているように、第二次世界大戦後、日本に於いては、「平等」という事が国是となって、嫉妬について語ることはタブーになってしまったんでしょうね。
私は、英語が堪能だとは言えませんが、英語圏では、日常会話においても、もっとenvyだとか、jealousyだとかについて、フランクに語られるように思われます。

私の好きな心理学者岸田秀によりますと、「戦後民主主義が、嫉妬とはしゃぎの時代を作った。」との事。「甘えの構造」で有名な精神科医土居健郎氏は、戦後学校で非常に問題になっている「いじめ」の背後に明らかに「妬み」があるのに、誰もそれについて語ろうとしないと書いておられました。

最近、ネットで共感する記事を読みましたので、ここに紹介させていただきます。




日本語のソーシャルメディアを観察していると、「他人と異なることをしてはならない」と自粛し、リスクを取って挑戦したり、ポジティブな呼びかけをする人の粗探しをする傾向を感じる。それは、ポールやダンが批判していた共産主義のメンタリティを引きずるルーマニア人と似ているように感じた。どちらも、「やりたいことがあったら、失敗を恐れずに挑戦せよ」、「失敗してもやり直しはできる」と励ますアメリカ的な発想とは正反対だ。

かつて日本で働いた経験があり、その後起業して成功したアメリカ人の友人が「日本は起業しにくい国だ」と言っていた。法的にも社会構造の点でも「失敗を許さない国」だからという。それに加えて、ルーマニア人のように「生活を良くするためのリスクを取るよりも、自分が良く知っている不便さを我慢するほうを選ぶ」国民性や、「他人と異なることをするのはわがまま」と牽制しあう傾向も起業を邪魔しているのではないかと思った。

そこで思い出したのが、私が東京に住んでいた1980年代から90年代初頭にかけて日本在住の外国人がよく言っていた「日本は、世界で最も社会主義が成功した国」というジョークだ。日本経済が最高峰に達し、アメリカ人が「日本がアメリカを追い越す」と戦々恐々としていた時代のことだ。。。


断っておきますが、私は、起業家になんかなれません。だから、それだからこそ、リスクを背負って成功した起業家を非常に尊敬する。そして、リスクを取って成功した人々を、揚げ足取ってバッシングする人たちを、大変醜いと感じます。
「嫉妬は正義の仮面を被る」ってね。