黒澤明の語られなかった映画

黒澤明の語られなかった映画

私には説教臭くて観ていられなかった「赤ひげ」(1965年)において、
黒澤明黄金時代は終焉したと評する方も多いです。
この時代にはもう凋落期に入っていた日本の映画産業では、
黒澤映画には、多大なコストがかかるので、
どこもその製作を敬遠するようになってしまい、
映画の作れなくなった黒澤明は、右往左往します。
活躍の場を、海外にも求めました。
この時期は、同時に年齢的にも最も脂の乗り切った頃であり、
この時代に存在した複数の魅力的な企画がどれも流産に終わったのは、
まことに残念な気がします。
 
まずは、
 

市川昆
が監督した有名なこの映画も、
元は黒澤氏が監督する予定だった事は、
案外知られていないかもしれません。
私の読んだ資料の範囲内では、
この企画が挫折したのは、
やはり黒澤氏の案だと制作費が高くつきすぎるのが原因だったようです。
市川昆監督作品も面白かったですが、
黒澤氏が監督するとどのようなダイナミックな映画になっていたか?
と惜しまれます。


「トラ!トラ!トラ!」
 

 
れは、旧日本軍の真珠湾攻撃を、
アメリカ資本でアメリカの監督と黒澤氏の合作で作ろうという壮大な企画でした。
日頃から「戦争反対!」を唱えている黒澤氏が、
この映画を作るのに結構熱心で、詳細な絵コンテまで残っているのは、
大変な矛盾だと私は思うのですが、(笑)
ともあれ、この企画が旨くいかなかったのも、
ハリウッド映画の合理主義的な考え方と、
黒澤流芸術至上主義とでは、
所詮水と油だったのだというのが、今日の定説です。
この映画の降板理由には、
「黒澤狂人説」まで流布されました。
でも、詳しい理由は関係者が口を閉ざしたまま亡くなっているので、
今となっては「藪の中」です。
監督リチャード・フライシャー舛田利雄深作欣二によって、企画は続行し、
1970年に公開され、日本では大ヒットしたそうですが、
私には取り立てて観るべき所のない映画になっていました。



 
これは、本当に実現してもらいたかった映画です。
アメリカ資本映画です。
「ライフ」に出ていたニューヨーク州北部の
蒸気機関車鉄道事故の記事からヒントを得て、
黒澤氏がシナリオを書き上げました。
出演者には、黒澤信者であるヘンリー・フォンダや、
まだ刑事コロンボでブレイクする前ピーターフォークが予定されていました。
しかし、黒澤氏の書き上げたシナリオを、
アメリカ側が勝手に娯楽作品として修正してしまったので、
黒澤氏が激怒して

流産に終わったそうです。
1985年にジョン・ボイト主演で、製作されましたが、
黒澤氏の原案とは大幅に内容が変わっていて、
私の見る限り、これも取り立てて名作とはいえないと思います。
後の「どですかでん」(1970年)「夢」(1990年)で、
くり返し蒸気機関車のイメージが出来るのは、
流産に終わったこの映画への未練でしょうか


こういう高い制作費を要求される映画の企画がことごとく失敗に終わって、
低予算の小品どですかでんが作られ、
その一年後に、自殺未遂をしたことは、
前にもこのブログで取り上げました。
このあたりから、
作品が「枯淡」の雰囲気を持つようになっていくと私は思うのですが、
一連のダイナミックな大作映画の企画がことごとく成功しなかったことが、
影響を与えているのかもしれませんね。

けちで、滅多にDVDを購入しない私が、
なかなかレンタルしていないので、
黒澤氏がロシアで作ったデルス・ウザーラ」(1975年)を購入いたしました。
後日、感想を書きたいと思います。
 
(※寝ぼけていた記事なので、事実関係に間違いがあれば、遠慮なくコメントしてしてくださいませ。)