安全ノイローゼ
安全ノイローゼ
つまり 私たちは。。。
常に 不確実な社会に 生きているわけで。。。
これは どの時代でも 言えること。。。
常に 不確実な社会に 生きているわけで。。。
これは どの時代でも 言えること。。。
生きていくのに リスクがあるのは 当然で。。。
其れを いかに少なく 折り合いをつけていくかという事。。。
其れを いかに少なく 折り合いをつけていくかという事。。。
私に引用されるとご迷惑かもわかりませんが、
その常識的な考え方には共感いたしますので。
今回の放射能騒ぎについては、
TVもろくにみていないし、
だいたい放射能について全く無知なので、
何とも言えないんですが、
(この期に及んで放射能の勉強なさる方々を、、
泥棒を捕えて縄を綯うと申します。)
例の狂牛病の騒ぎの時に、
素人考えながら、
「ちょっと大袈裟すぎるんじゃないか?」と私は思いました。
「チーズバーガーを食べて死んだ奴なんて、聞いたことがないぜ。」
というあるアメリカ人の言葉に、
なるほどご尤もだと笑ってしまいました。
どうも、現代に生きる私たちは、
「安全」という事に敏感になりすぎているように私には思えます。
(その癖、一過性ですぐに忘れてしまうんですが。)
旧西ドイツで、社会福祉があまりに発達しすぎたせいで、
人々が人生の少しのアクシデントさえも、
大仰に恐れるようになった事例を聞いたことがあります。
大体、老齢年金がある社会なんて、
長い人類の歴史の中のほんの一瞬(それも先進国だけ)にすぎないのであります。
嫌煙ブームが勢いを増していますが、
敗戦直後の日本の成人男性の喫煙率は90%でした。
その時代の人達は、老後の肺がんの心配なんてしていなかった。
今日明日、生活していけるかどうかが大問題だったはずです。
そして、そういう人たちががむしゃらに働いた結果が、
今日の経済大国なのであります。
まあ、私たちは二代目のバカ息子の世代なんでしょう。
官僚制度の弊害が盛んに言われますが、
それも「高級官僚」という人達が、
自分たちの人生を何のリスクもなしに安泰に送りたいという「安全志向」が、
結果として国家を大変危険な状態に追いやっているんじゃないんですか?
もうちょっと冷静になれないものか?と私は思います。
それとも、私が放射能に関して無知すぎるのでしょうか?